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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2445号 判決

控訴人 田川正

右訴訟代理人弁護士 柴崎四郎

柴山真一郎

被控訴人 水上久

右訴訟代理人弁護士 高橋潔

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

事実

一  控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴却下の判決を求めた。

二  被控訴人主張の請求原因事実は、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

三  被控訴人は、本件控訴は控訴期間経過後に提起されたものであるから、不適法として却下されるべきであると述べた。

四  控訴人は次のように述べた。

(一)  原審は、昭和四九年八月一六日午前一〇時三〇分に、控訴人不出頭のまま本件の口頭弁論期日を開き、被控訴代理人による訴状陳述ののち弁論を終結し、判決言渡期日を同月三〇日午後一時と指定し、ついで右言渡期日に控訴人不出頭のまま判決の言渡をした。

しかし、右判決は、被告たる控訴人に対し、訴状副本も口頭弁論期日呼出状も送達することなくなされたものであるから、手続において違法であり、取り消されるべきである。

控訴人は、昭和三八年から昭和四〇年一一月頃まで右訴状に控訴人の住所として記載された東京都杉並区高円寺南三丁目四三番一二号に居住していたが、昭和四〇年一一月以降は東京都練馬区旭丘二丁目二〇番一九号へ転居しており、さらに昭和四九年六月二〇日以降は同区北町七丁目七番七号の現住所に居住している。しかるに、被控訴人は、控訴人がもはや前記訴状記載の住所に居住していない事実を知りながら、右訴状を提出し、原審裁判所を欺罔して口頭弁論期日を開かせ、判決を得たものと思料される。

(二)  原判決正本は、昭和四九年九月五日、東京都杉並区高円寺南三丁目四三番一二号エトアール内山内喜江に交付することにより控訴人に送達されたものとされているが、右送達場所は前叙のとおり控訴人の住所でも居所でもなく、また山内喜江は同所所在の貸店舗エトアールを控訴人から賃借している山内武の妻であって、控訴人の事務員、雇人ではなく、同居者でもない。そして、控訴人は右判決正本をいまだに入手していない。

控訴人は、昭和四九年九月二三日、右貸店舗エトアールの家賃の集金を依頼してあった中曾根和助から、同人が同年七月二八日の集金の際に山内喜江から預かり保管していた原審の第一回口頭弁論期日呼出状、訴状副本、答弁書催告書等を受け取って、本訴の提起を知り、原審裁判所に問い合わせたところ、裁判は終っていることを聞かされたので、控訴代理人らに事件を依頼した。そして、控訴代理人らが司法協会に依頼した記録の謄写が出来上った同年一〇月一五日に、はじめて原判決の内容が判明した。

従って、原判決に対する控訴期間は同日から起算されるべきである。

五  ≪証拠関係省略≫

理由

一  記録によれば、原審は、昭和四九年八月一六日午前一〇時三〇分に、控訴人不出頭のまま本件の第一回口頭弁論期日を開き、被控訴代理人による訴状陳述ののち、弁論を終結し、判決言渡期日を同月三〇日午後一時と指定し、ついで右指定の言渡期日に控訴人不出頭のまま判決の言渡をしたことが明らかであり、かつ、記録中の各郵便送達報告書の記載からは、右第一回口頭弁論期日の呼出状、訴状副本、答弁書催告書は、昭和四九年七月一一日午後三時に、東京都杉並区高円寺南三丁目四三番一二号において受送達者たる控訴人本人に直接交付され、また原判決正本は、同年九月五日午後二時五〇分に、同所において控訴人の雇人山内喜江に交付されて、いずれも適法に送達されているかの如くである。

二  しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は、昭和三八年から昭和四〇年一一月頃まで東京都杉並区高円寺南三丁目四三番一二号所在の建物を所有者から賃借して居住し、同所に建築設計事務所を設け、かたわら右建物の一部で喫茶店を経営していたが、昭和四〇年一一月頃、右建物を横山大助に転貸して東京都練馬区旭丘二丁目二〇番一九号に住居及び事務所を移し、昭和四九年四月二四日に練馬区長に対し転入の届出をなし、さらに同年六月二〇日頃以降は同区北町七丁目七番七号に新築した建物に転居して現在に至っていること、昭和四八年六月に控訴人と右北町の建物の建築請負契約を締結した被控訴人も、当時右旭丘の控訴人方にしばしば出入りして同所を控訴人の住所と認識し、さればこそ右請負残代金請求権を被保全権利として仮差押を申請するにあたっても、控訴人の住所として同所を表示したが、昭和四九年五月一五日付で発せられた仮差押決定が、当時控訴人方では控訴人の仕事や家人の病気入院等のため不在がちであったため、送達できなかったところから、本訴の提起にあたっては、被控訴代理人は、同年四月一七日付住民票謄本によると控訴人の届出住所となっており、提訴前に同所宛に発した催告書の配達もできた事実のある東京都杉並区高円寺南三丁目四三番一二号エトアールを控訴人の住所と表示したこと、しかし、同所においては、昭和四五年一二月二三日頃から山内武が前記横山に代って控訴人から地上建物を転借し、同所に居住してスナック・バー「エトアール」を経営しており、保健所に対する関係では便宜上引き続き控訴人の営業許可名義が使用されてはいたが、控訴人は、中曾根和助に依頼して月月の賃料を取り立てていたにすぎず、前記練馬区旭丘への転居以後は右高円寺南の建物を居住ないし営業の場所として使用した事実はまったくなかったこと、前記口頭弁論期日呼出状、訴状副本等の送達報告書及び判決正本の送達報告書は、いずれも山内武の妻喜江が、従来からも時折同所を宛先とする控訴人宛の郵便物を受け取り、家賃の集金時に中曾根に託して控訴人に渡していたところから、郵便配達員の求めに気安く応じて送達書類の交付を受けたうえ、前者の場合には前記営業許可手続に使用した「田川」と刻した三文判を受領者の押印欄に押捺し、後者の場合には右の印が見当たらなかったため雇人欄に自己の署名捺印をしたことにより作成されたものであること、右口頭弁論期日呼出状、訴状副本等は、同年七月二八日の集金時に山内喜江から中曾根和助に、同年九月二三日に同人から控訴人に手渡され、事態に驚いた控訴人から善後処理を託された控訴代理人らが司法協会に依頼して記録を謄写した結果、同年一〇月一五日に至ってはじめて原判決の内容が控訴人の知るところとなったこと、しかし、原判決正本はいまだ控訴人の手に渡っていないこと、以上のような事実を認めることができる。もっとも、≪証拠省略≫によると、控訴人は昭和四九年九月一日に練馬区北町の土地の所有権取得登記を経由するにあたり、自己の住所を杉並区高円寺南三丁目四三番一二号と表示したことが明らかであるが、≪証拠省略≫によると、右は税理士の勧告に従った便宜的措置にすぎないことが認められるので、如上の認定の妨げとはならず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  以上認定判示したところによれば、原審の第一回口頭弁論期日呼出状、訴状副本及び原判決正本は、いずれも東京都杉並区高円寺南三丁目四三番一二号エトアール内において郵便配達員より山内喜江に交付されたものであるところ、右場所は当時における控訴人の住所、居所、事務所、営業所のいずれにも該らず、また山内喜江は控訴人の事務員、雇人、同居者のいずれにも該当しないものというべきであるから、右交付は、いずれも控訴人に対する送達としては不適法である。

従って、昭和四九年八月一六日の原審第一回口頭弁論期日は、控訴人に対する訴状副本の送達及び期日の呼出がないままで開かれ、口頭弁論が行なわれたことに帰着するので、これに基づいてなされた原判決は違法たるを免れず、また原判決はいまだ確定せず、原判決正本の送達を受けないまま提起された本件控訴は、民事訴訟法第三六六条第一項但書により適法な控訴と認められるべきである。

よって、原審の判決の手続は法律に違背し、かつ事件につきなお弁論をする必要があると認められるから、民事訴訟法第三八七条、第三八九条により、原判決を取り消し、本件を原審裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 小林哲郎 横山長)

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